ラファエル・ボナビータ マスタークラス レポート

奥澤 充

(会報4号/2002年8月号掲載:マスタークラスは2002年5月19日、東京千駄木の鷹羽スタジオで開催された。受講者は5名)

  1. 米田 考(ルネサンスリュート)
    ダウランド:蛙のガリアード
  2. 新海浩之(ビウェラ)
    フェンリャーナ:『何を使って洗いましょう』
  3. 小松俊二(バロックギター)
    コルベッタ:チャコーナ
  4. 阿矢谷 充(ルネサンスリュート)
    バラダン:ファンタジア
  5. 西野潤一(バロックギター)
    ムルシア:パッサカリア

去る5月19日、千駄木にある鷹羽スタジオで開催されたラファエル・ボナヴィータ氏のマスタークラスを聴講させていただきましたので、誠に僭越ながら奥 澤がレポートさせていただきます。彼は濱田芳通氏率いるアントネッロのリュート奏者として活躍しており、マスタークラスに先立って行われた現代ギター社で の演奏会では、明確な解釈による音楽表現をべ一スに、これまでに聴いたことのないくらいダイナミックでリズミックでメロディアスな演奏を披露していただ き、21世紀に羽ばたく新進気鋭のリューティストであると奥澤は感じました。
マスタークラス全体的な雰囲気としては、非常にアットホームな感じで、時々ボナヴィータ氏の流暢な(?)日本語を使ったゼスチャーを交えての、とても和やかな雰囲気の中での開催となりました。

さて、本題に入って行きます。
ボナヴィータ氏の指導方法は非常にユニークなものでした。それはトップバッターの米田氏の演奏後に直ぐに現れます。「各小節のあたまを強拍でとって演奏 することは非常に退屈であり、音楽的ではない。もっと上位概念で作品を捉えましょう。旋律を生かすように自由に弾きましょう」と指導を始めます。作品を歌 わせるための指導はさまざまあると思います。しかし彼の方法は、とにかく「オフビート」で作品をとらえ、曲を小節線から解放して自由にするという、今まで にない指導法だったのでした。
オフビートは「規則的な拍子からの逸脱」という意味で、主にジャズの世界で使われる技法のようです。正確には違うかもしれませんが、例えば既に作品の中 に「ヘミオラ」で作曲されているもの(例えば今回演奏された作品中の「The Frog Galliard」の13、14小節目など)はわかりやすいのですが、それ以外のところをオフビートどりで演奏するのは、憤れていないと結構難しいようで す。
ボナヴィータ氏は作品を歌わせるためにこの「オフビート」の中でも比較的わかりやすい「表と裏を逆転」させる方法を使いました。言葉で表すとすれば、例 えば2拍子で「ターン・ターン」とあったら「ン・ターン・ター」と拍をとります、すると不思議ですが、今まで気にしていた小節線があまり気にならなくなり ます、ルネッサンス期の声楽ポリフォニー音楽の楽譜には小節線はありませんでしたが、リュート作品でもそれに近づけて弾くことができる手法であることがわ かります。しかし、作品をただ自由に弾くとテンポが乱れて曲になりませんので、勢いメトロノームを使って強拍に「チン」と鳴らして練習しがちだと思います が、オフビートどりで曲を弾けば、テンポをキープできると同時に、小節線を意識することなく音楽を自由に表現できる、画期的な方法だったのです!
ちょっとオーバーだったかもしれませんが、これは、ほとんどの受講者に課され、米田氏の「乗せられちゃった…」の一言のように、まさに皆さん乗せられて、音楽が解放されたのでありました。

もちろん、基本的でしかも見落としやすい部分の指導も随所で見られました。

まずは、米田氏によるダウランドの「The Frog Galliard」では、ヘミオラとオフビートの組み合わせによる音楽解放の訓練(?)の後、25小節目以降のDivisionは、「あたかも2声が絡んでいるかのように弾いてみてください」とありました。

それから、新海氏によるフェンリャーナの『何を使って洗いましょう』では、ユーモアたっぷりのゼスチャーで、各小節のあたまをニワトリのごとく頭をゆり 動かすことにより、すなわち、「音楽の妨げになるので、強拍(アクセント)にからだをあわせて動かさないこと」と、NGを出した後、ポリフォニー音楽の大 事な点、すなわち「各声部をいかに独立させて、弾き分けるか」ということを実践的に指導していました。ここでは、難しい連結部ではよく運指を考え、また、 常に先を考えながらいかにスムーズにポジション移動や指の移動をさせるか考え、左の指を自然な形でフレットに置き、無駄のない動きをさせるよう心がけるべ きとありました。

さて、お次は小松氏がバロックギターを携え、コルベッタの名曲「チャコーナ」を弾きます。まず、ラスゲアードの弾き方の注意がされ、その次に、ラスゲ アードの時にもメロディーの音が入っており、(特に高音部)その音を意識して殺さないように弾くことが大事であると指導がありました。また、弱拍部はただ 弱いのではなく、弱拍にもしっかりとした位置を与え、強拍と同じように大事に弾くこととありました。

さぁ、ここでルネサンス弾きといえば右に出るものはいない(?)阿矢谷氏の登場となります。曲はパラダンの「ファンタジア」。阿矢谷氏の素晴らしい演奏 の後、しかしやはりここでもボナヴィータ氏のオフビートの指導が炸裂します。それから、大終止ではないところで、終止感を出しすぎる(32小節目)ことへ の注意や、ポリフォニーであることをより強調する演奏の練習、また、速い降下部の自然な導入など、さまざまな指導がありました。

最後は、満を持しての西野氏の登場、曲はムルシアの「パッサカリア」。
最初、弾き難い部分のアイデアを聞きたい西野氏が、逆にボナヴィータ氏に「そこだけ今弾いたら弾けるが、曲の中では弾けなくなってしまう理由を考えてみ ましょう」と逆提案されてしまいます。この発想の転換は気が付くようで、なかなか気が付かないよなぁ、と思いました。何か問題があれば、それを冷静に分析 し、弾けるようになる確かな方法を見つけ出す、そんな考え方を学んだ気がします。
その後は、音楽の流れを大事にした注意点がいくつかあり、最後に一度通して、拍手となりました。

日頃行う練習として、いくつか教えていただいたので、ここで紹介しておきます。

例えば運動でも準備体操が大事なように、リュートも準備体操は必要です。朝一番になんの準備体操もせずにいきなり曲の練習をしても、うまく弾けません。 そこでまず準備体操をするようにとありました。主に上半身の腕を中心としたストレッチを行います。肩を回したり、肘を中心に腕を回したり、手首を回したり します。
それから、楽器を持っていないときでも指の動作の基礎練習方法を伝授いただきました。まずグーを握って、指1本1本を独立して伸ばしたり縮めたりさせま す.普通、人差し指や中指は結構独立して動かせると思いますが、薬指や小指の動作がなかなか独立してできないのではないでしょうか?(皆さん、是非やって みてください。)

それから、左手の押弦の問題も取り上げられました。安定した演奏をするには押弦がしっかりしていないと難しいと思います。その訓練法としてボナヴィータ 氏が提案した方法は「グリッサンド」です。といっても音を出すわけではなく、ある指でフレットを押さえたら、そのままフレットをゆっくり移動させるだけの 訓練法です。その時に注意すべきことは、弦と接触する指の部分が変わらないようにすることです。それでそのことを指に覚えさせることが重要であるとありま した。

総合的に、以下の3点を常に同時に意識しながら演奏することが大事であるとありました。1つに、弾弦の直前に右の指はしっかり弦にタッチすること。2つ に、オフビートで曲を捉え小節線にとらわれずに曲を歌わせ、かつ、テンポをキープすること。最後には全体的な音楽の流れを意識しながら弾くこと、の3点で す。
奥澤の感想として、ボナヴィータ氏は、何よりも『作品をいかに歌わせるか? いかにダイナミックに演奏できるか?」ということを常に意識しておられるように感じました。

4時間という時間は一瞬のように過ぎてしまい、大変有意義な時間を過ごせたと思います。この場を借りまして、ボナヴィータ氏やリュート協会の理事の皆様に、こころより感謝いたします。ありがとうございました。