ポール・オデット マスタークラス リポート

永田平八

(会報3号/2002年2月号掲載:マスタークラスは2001年10月14日、初台・近江楽堂にて開催された。受講者はデュオを含む6組)

2001年はホプキンソン・スミス、ポール・オデットという二人の世界的巨匠を迎えて当協会主催のマスタークラスとコンサートが実現できたことは本当に 夢のようで有り難い事でした。多くの感動と数々の貴重なアドヴァイスを得ることが出来ました。実際に生の演奏やレッスンに触れてみて、今までCDを聞いて 自分なりに抱いてきたイメージが大きく変わったように感じました。両氏に共通していえるのは本当にリュートが大好きで、一日中でも触っていたいという気持 ちがあふれてるということでした。何回も演奏したり録音までしている曲をコンサートの開演時間ぎりぎりまで練習している姿が印象的でした。特にオデット氏 に関しては天才的で何もしなくても指がどんどん動いてしまう人というイメージがあったのですが、天賦の才以上に並々ならぬ努力を絶えず怠らずに続けている ということに頭が下がる思いがしました。

ここでは過日東京の近江楽堂で行われたポール・オデット氏のマスタークラスの様子をお伝えさせていただきたいと思います。オデット氏は長時間にわたり終始和やかに愛情をもって忍耐強く指導して下さいました。村田真氏の的確な通訳にも感謝いたします。


まず、ほとんどの受講生の方に共通して指導されたことを冒頭に記させていただきます。それはリュートのテクニックで最も重要な右手のタッチについてで す。親指の肉をかなり深く弦にかけて、弦を回転させることにより、太くて豊かで、しかも大きな音を出すということです。実際オデット氏は武蔵野市民文化会 館というリュートにはいささか大きめのホールでも、全く問題なく充分説得力のある演奏を聴かせてくれました。私がリュートを始めた1980年代の日本で は、リュートは音が小さくて、かそけき響きというイメージが一般的でしたが、今回のオデット氏の演奏はおそらくクラシックギター以上の音量と表現力があっ たといえるでしょう。リュートを家庭的なサロン楽器から完全なコンサート楽器として定着させたと言ってもいいと思います。レッスンでオデット氏と受講生達 の演奏を聴き比べてみると、受講生の中にはかなりの熟練者がいたにも関わらず、音量と音色の圧倒的な違いという事がその場にいた誰もが感じたことだと思い ます。実は私も受講生の方々はなんと細くて小さな音を出すんだろうと内心思っていたのですが、そうではなくてオデット氏がとてつもなくすごいんだというこ とに後になって気付いた次第です。

指を深く弦にかけて回転させるということ自体は私も以前からそのように習っていたわけですが、それをはるかに上回るドラ イブをかけるということにびっくりしました。オデット氏の手は肉付きは良いものの、決して大きくはありません。むしろ女性的な小さな手といえるでしょう。 身長も高くはありません。それであのような音を出してしまうから驚異的です。左手に関しても小さな手で難曲をいともたやすく弾きまくっているわけですか ら、手が小さくて弾けないというよく聞く言いわけは全く通用しなくなってしまいます。ともかく右手のタッチという問題だけでも今回はかなりの収穫があった と思います。一般的にヨーロッパのリュート奏者は響きのいいホールでの演奏というのが前提のタッチを追求していますが、日本のようにデッドな(響かない) 会場での演奏を強いられることが多い場合は、爪や力で押してしまう方も多いのですが、オデット氏の演奏はかなり参考になると感じました。アマチュアの方に とっては部屋でひとり静かにつま弾くというのもリュートの楽しみだとは思いますが、多くの方にアピールする演奏を追求することも大切だと思いました。

演奏解釈については、基本的に出身校であるバーゼル・スコラカントールムの流れを継承するもので、ホプキンソン・スミス、今村泰典、パスカル・モンテイ エ、ロルフ・リスルヴァン各氏等、現在の主流派と同じ視点にたっていると感じました。すなわち声楽的なアプローチ、対位法等における各声部を独立して対等 に歌わせること、アーティキュレーション(音を切ること)、音楽の流れやエネルギーの方向性の問題、ダンスのリズム等は基本をしっかりと押さえたものと感 じました。

オデット氏の演奏があまり好きではないという方の主張には、テクニック重視の立て切りに刻んだような拍節感の強い演奏に違和感を感じるというものが多い ように見受けられます。CDで聴くと確かにそのような演奏もあるように感じられることもありますが、オデット氏のメンタリティーは非常にルネサンス的なも のであり、確かなリサーチや研究に支えられてると感じました。にもかかわらずそれが聴衆に伝わっていないとすれば、一つは超人的な力強いタッチゆえに録音 ではそれがアクセントと聞こえてしまうからではないでしょうか。実際に生の演奏に接すると、歌心があり、表情豊かでしかも客席の一番後ろにまで、やらんと するところが伝わってきます。またリュートのCDはどうしても左右の手のノイズの無い、無難にまとまったテイクをつなぎ合わせるという手法で制作されるこ とが多いので、大胆な揺れや息遣い等は表現するのが難しい媒体ということもいえます。また、現在の所属レーベルのアルモニア・ムンディの録音はハイが強 く、ミドルレンジが薄い傾向があるように感じるので、ともすると硬く冷たい印象を受けてしまうこともあるかもしれません。ですからCDのみを聴いて判断す るのは、大変な誤解を生むことにもなると感じました。


以下、それぞれのレッスンについて、実技を文章で表わすのはかなりの制約がありますが、ポイントとなるところをまとめてみました。なお、受講生の敬称は略させていただきます。

1)西島 弘
ガリアルド第2番(アンソニー・ホルボーン)
Galliard No.2(Anthony Ho1borne)

「テクニックについて」
◎右手は小指の先で突っ張るように支えるのではなく、小指の外側の第1関節から先全体を表面板に軽く触れリラックスさせて支えることが大切。
◎親指は肉を深くかけて弦を表面板に向けて押して回転させることが重要。表面板と平行に弦を振動させても楽器は鳴らない。
◎他の指もコースの2本の弦を捉えて押し込むように弾く。
◎もしリュートが上手くなりたかったら、毎日1時間開放弦だけでゆっくりとピアノからフォルテまでタッチの練習をして下さい。
「曲について」
◎ガリアードのキャラクターやダンスのステップを理解することが重要。
◎ガリアードは2小節の頭でジャンプがあるので、そこに向っていく方向性を出すようにクレッシェンドすることが大切。4小節の頭は2小節の頭よりは小さいアクセントがある。
◎場所によってはアーティキュレーションしてリズミカルな表現をする。
◎声部ごとに取り出して練習し、最後に合わせて弾く。

2)朝倉靖雄+米田 考(デュオ)
「ウィロビー卿の御帰館」(ジョン・ダウランド)
My Lord Willoughby’s We1come Home(John Dowland)

「曲について」
◎この曲の第1パートはもともとソロ曲で、第2パートは後から付け加えられた。セクションごとに第1パートと第2パートをそれぞれ入れ替えて演奏しても面白い。
◎フレーズの頂点に向ってクレッシェンドし、そのあと緩まるという自然な流れが大切。
「テクニックについて」
◎二人の音量のバランスが悪いのでそろえること。特に第1パートのメロディーがしっかりと聴こえるように。
◎強い音は強い指(親指)で、弱い音は弱い指(人差し指)で弾くのが16世紀の音楽演奏の基本的なテクニック。人差し指で強い音を弾くことは決してあり得 ない。親指か中指が強拍に来るようにする。フィゲタで弾く場合この強弱をしっかりつけること。これは同時代のヴァイオリンやキーボードでも同じ考え方をし ている。イタリア語などの言葉には自然な強弱があり、それを音楽でも真似ることが大切。音を均等に弾くという考え方は19世紀後半に生まれたもので、それ 以前の音楽は全て不均等に演奏すべきである。
◎ダウランドの曲はバスの動きが多い部分の上声部はm-iで、バスが長い音の時は上声部はフィゲタ(p-i)で演奏する。
◎フィゲタは親指を人差し指の内側に入れて、腕から動かすこと。
◎肘で楽器を抱え込まないように、リラックスして構えること。

3)鈴木亜紀子
ファンタジア第33番(フランチェスコ・ダ・ミラノ)
Fantasia No.33(Francesco da Milano)

「曲について」
◎この曲の前半は声楽の多声音楽を模倣したもので、後半は器楽的に作曲されていて興味深い。器楽奏者にとって最も大切なことは声楽的に演奏するということ。
◎それぞれの声部を良く聴いて、充分な長さを保つこと。またそのために時にはタブラチュアに書かれているポジションを変更したほうが良い場合がある。多くの場合、アマチュア用に最も簡単なポジションで書いてあるので、プロの演奏家なら必要に応じて変えたほうが良いだろう。
「テクニックについて」
◎フィゲタで弾くとき、右手の小指から人差し指の距離はどの弦を弾くときも同じになるように小指の位置を動かし、手全体を移動させる。たとえば1コースを弾くときと6コースを弾くときが全く同じフォームになるようにする。
◎力を抜いて腕の重みをかけて、親指の先でしっかりと弦を感じ取り、回転させることが重要。
◎2声の音はギター奏者のようにずらしてアルペジオのように演奏せず、必ず同時に弾くこと。
◎左手に関して、たとえば1コースでソ、ラ、シ、ド、レとスケールを弾く場合、小指でのポジション移動は避けること。人差し指や中指で移動する。小指は不安定な指であり、ミスをまねくことになりやすい。また、小指を移動してグリッサンドのような音を出してはいけない。

4)阿波田康裕
ガリアルド第14番「麗しの人」(アンソニー・ホルボーン)
Galliard No.14 “Muy Linda”(Anthony Holborne)

「テクニックについて」
◎コースの2本の弦がぶつかってノイズを出しているので、タッチの問題とともにナットのスペーシングの調整や適正なゲージの弦をはることも必要。
◎親指以外の右手の指は弦に対して斜め45度方向に押し込みながら動かす。
◎和音を弾く場合も弦をしっかり押し込んで豊かな音を出す。
「曲について」
◎3拍子と2拍子が交互に出てくるので、各声部ごとにリズムの対比をしっかり出す。
◎和声感を感じ、色合いを楽しみながら演奏する。
◎アーティキュレーションを施す音とつなげる音の対比をしっかり出す。
◎クレッシェンド、デクレッシェンドをしっかりして、フレーズを歌うこと。

5)曽根 基
「行け、水晶の涙よ」(ジョン・ダウランド)–弾き語り
Go Crysta1 Tears(John Dow1and)

◎リュートソングは、もともと多声で書かれた作品の上声部を歌で、残りをリュートで演奏したもの。各声部の動きを良く理解しそれぞれフレーズ感をきちんと出す。また、声部間のサスティーンが生み出す不協和音程とその解決を味わう。
◎リュートソングの歌詞は、1番と2番では大切な言葉の位置が違ったり、センテンスの句切れ目が違うので、歌詞に合わせて表現を変えることが必要。

6)阿矢谷 充
ファンタジア第9番(シモーネ・モリナーロ)
Fantasia Nona(Simone Mo1inaro)

◎モリナー口の音楽は大変素晴らしいが、テクニック的にはとても難しい。
◎イントロダクションに続いて声楽曲のような大変すぐれた対位法が現れる。
◎各セクションのキャラクターを考える。
◎アルペジオのふくらましでメッサディヴォーチェ(音のふくらみ)を表現する。
◎シークエンス(ザクエンツ)の部分は同じ表現にならないように、たとえばゆっくり始めて、アッチェレランドを施す等変化を付ける。
◎各声部の動きを良く理解しそれぞれフレーズ感をきちんと出す。特に声部間のサスティーンが生み出す不協和音程とその解決を味わう。
◎1声部ずつ抜き出してアーティキュレーションや強弱を練習し、その後いくつかを同時に演奏する。